24Oダイアリー

旅行の記録

3.22-25 カスピ海フェリー+バクー着港耐久戦@トルクメンバシ

3.22

起床し外を見ると砂漠が広がっている。こんなところの線路は地面が緩くて歪んでしまいそうだが、実際すごい揺れがあり夜中に何度か目覚めてしまった。

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しばらくするとカスピ海や船やコンテナが見えてくる。電車は1時間遅れくらいでトルクメンバシに到着。
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駅からバスでフェリーターミナルに向かった。

ターミナルはめちゃくちゃ綺麗だ。もちろんベルディムハメドフ大統領の写真がある。

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インフォメーションカウンターに行くと、14時以降にトルクメニスタン船のチケットが買えると言われた。

それまで時間があるのでとりあえずターミナル横のホテル内のレストランで昼ごはん。

コクマチという牛肉のソテーを注文した。玉ねぎの旨味が牛肉とよく合う。25マナトと高級料理だが、マナトを使い切るために惜しみなく課金。25マナトといっても150円くらいだが、、、

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「バクーは風が強く船が接岸できない日が多々あり何日か船内に幽閉されることがあるが、トルクメニスタン船はチケット代に食事が含まれていない」とネットに書いてあったので、マナトを使い切るためにバザールで食料をストックすることにした。駅までのバスがなかなか来ず歩いていたら優しいおっちゃんがタダで駅まで乗せてくれた。

トルクメンバシのバザールは雑貨や服も売っていて活気がある。
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バザールでレイズのポテチやビスケットをレジに持って行くとその価格に愕然とした。大きなレイズが25マナト、150円である。ビスケットも35マナトとめちゃくちゃ高い。バザールのチャイハナでご飯食べても12マナトとかそこらだというのに……レシートで確認したのでぼったくりではないはずだ。もしかしたら輸入品にえげつない関税がかかっているのかもしれない。というか十中八九そうだろう。意外にも所持金200マナトのうち95マナトという相当な額をバザールで消費してしまったが、フェリー待ちの間のレストラン代を考えるとむしろちょうど良いくらいのマナトが残った(とポジティブに捉えた)。

 

ターミナルに戻り昼寝をしてから起きると、他の客から「チケット買ったか?」と聞かれた。チケット売り場が開いたらインフォメーションカウンターの人が教えてくれると言っていたのに。寝てたから気を遣ったのかもしれない。

チケットはなぜかターミナル横のホテル内で売っているのでそこに向かいチケットを購入。トルクメニスタン船なので100ドルだ。

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アゼルバイジャン船は60ドルでドミトリーに泊まれるそうだが、トルクメニスタン船ではベッドは別料金である。トルクメニスタン人はトルクメニスタン船の方が安く乗れるのでそちらは地元民で埋まり、観光客はアゼルバイジャン船に乗ることが多いらしい。今はオフシーズンなのか余裕でトルクメニスタン船のチケットが買えた。

高いがレアな船に乗れるとここもまたポジティブに考えることにした。

チケットカウンターで確認するとトルクメニスタン船は1日2食が付いているらしい。食料買い込む必要なかったのね、、、(と思っていたら買っといてよかったと安堵することになるのはもう少し後の話)

同じ船を待つトルクメニスタン人とGoogle翻訳を使いつつ話していると、女の人から「この荷物を運んでほしい」と頼まれた。怪しそうだから警戒したが、どうやらトルクメニスタン人は船に乗せられる荷物量の制限が厳しいため、俺の荷物として運んで船を降りたら彼女に渡せばいいらしい。他の人の反応からしておそらくこれはよくあることなのだろう。3つ布団が入ったキャリーバッグを運ぶ観光客が税関で怪しまれないといいのだが。

夜ご飯はレストランでチキンソテーとポテトとパンとチャイ。ホテル内のレストランの割に全部で16マナトと意外と安い。

マナトがいい感じに使いきれそうな気がしてきた。

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ほかの乗客と同じくターミナルの椅子にて就寝。

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3.23

フェリー乗船が始まるのをひたすら待つ。

Kindle Unlimitedの1ヶ月無料体験で何冊か本をダウンロードしておいて良かった。久しぶりにハリーポッターシリーズを読んでいる。この1週間足らずで全巻読み終わる勢いだ。

 

昼ごはんはレストランでビーフストロガノフとサラダ。

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日本人がもう一人来たのでその人と喋りながら待っていると、18時ごろに出国手続きが始まった。X線での荷物検査のあとに係員による荷物チェック、機械での出国手続きのあとにイミグレで出国と二度手間のオンパレードだったが無事に通過。出国手続きの機械がやたらちゃんとしていた

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フェリーターミナルに着いてから36時間後にようやく乗船。

船はあまり大きくはないがトラックが何台も入っている。トルクメニスタンからアゼルバイジャンに何を運ぶのかが気になるところだ。f:id:ny2401228:20190328022733j:image

 

船内にもベルディムハメドフがいる。
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共有スペースにはソファがいくつああり、足早に乗船したおばちゃん軍団が占領していた。

そのため俺の根城はここだ。このスペースを使う人は俺ともう一人の日本人(M君)しかいなかった。
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売店は開店していた気配すらない

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食堂
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夜ご飯はなかなかのショボさだった。
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トルクメンバシの日の入りは遅く19時30分ごろだった。ウズベキスタン西部のフェルガナから西に1500kmも移動してきたのに時差がないから不思議な気分だ。
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根城の椅子が並んだところで横になって就寝。俺もおばちゃん軍団みたいにソファーで寝たかった。

 

3.24

少し早めに起きて日の出を見に行く。決して寝やすい椅子ではなかったので夜中に何度か起きてしまったが、どうやら0時から2時の間くらいに出航したようだ。

カスピ海から朝日が登ってきた。f:id:ny2401228:20190328023145j:image

朝飯は相変わらずしょぼい。

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外に出て風に当たると寒いがなかなか気持ちがいい
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石油採掘現場のようなものが見えてきてバクーが近付いていることを感じる
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12時過ぎになるとビルが立ち並ぶバクーが見えてきた。

しかしいつのまにか船が減速し、エンジンが止まってしまった。嫌な予感が頭をよぎる。

港が混んでいるに違いない、それでも今日中には着くだろうと昼寝をした。

 

昼寝から目覚め船員に聞くと、今は強風で着港できずおそらく明日の夕方になるだろうのこと。風の街バクーの洗礼だ。

しかもここから食事は有料になるらしい。お菓子を買っておいてよかったと思うと同時に、もう少しマナトを残しておけばよかったとも思う。水も買わなければいけないというのに、手持ちは17マナトしかない。

 

とりあえずKindleを読んだり外を眺めたりして時間を潰した。

水がいくらか聞きに行くと店員がタダで1.5Lの炭酸水をくれた。ラッキーだ。

 

共有スペースのソファのおばちゃん達もしきりにチャイやおら菓子やらパンやらをすすめてくれたのでありがたくいただいた。食堂に行けば電気ポットに無料で水を入れてくれるので、それを沸かしてみんなチャイを飲んでいる。飢えや渇きは全く問題なさそうだ。お礼にささやかながら食堂へ水をもらいに行くおつかいを引き受けた。

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チャイを10杯くらい淹れてくれたおばちゃんは、娘がインドのハイデラバードでフランス語を勉強していて卒業後はイタリアで働くのだと話してくれた。なぜインドでフランス語を学んでるのかとか働くのはフランスじゃないのかなど突っ込みどころは多かったものの、オフラインのGoogle翻訳ではそこまで高度なやりとりはできなかった。

バクーの夜景は美しかったが、明日は陸から見たいものである。

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3.25

今日も椅子の上で目覚めた。

ストックのお菓子を食べ、おばちゃんからチャイをいただき、Kindleを読んだりダウンロードした映画を観たりして時間を潰す。

今日も天気が悪く接岸できないかもしれないそうだ。

船は全く揺れていない。エンジンは昨日から切れたままのようだ。バクーが見えてから既に24時間以上が経過しており、窓からはこの船の他にも動かず浮いている船がいくつか見える。f:id:ny2401228:20190328023614j:image

お菓子だけでは口もお腹も寂しかったので夜ご飯に課金しようと決め値段を聞くと20マナト。昨日の25マナトよりは安いが手持ちは18マナトだ。交渉して18マナトにしてもらい、久しぶりにまともな飯にありついた。有料のご飯だからか無料のご飯より少し豪華な気がする。

昨日トラックのドライバーにいらないネパールルピーをあげた時にもらった10マナトが役に立った。

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ご飯を食べていると、船が振動し始めた。ついに到着が近づいてきたらしい。

 

50時間を超える船旅(中盤から終盤はほとんど動いていないのだが)もようやく終わる。どんどん近づいてくるバクーの街に安堵と興奮を覚えた。

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しかしここからも長かった。接岸してからまずトラックのドライバーが先に船を降りる。そしてドライバーが降りてから1時間半以上経ってやっと一般の乗客が降りることができた。
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そのあとイミグレと税関を抜け、おばちゃん軍団と彼女らの大量の荷物を港のバスに乗せて幹線道路に出る。イミグレと税関は1つしか窓口がなく、最後の乗客がバスに乗って来るまでもまた長い間待たされた。

 

ターミナルに着いてから船に乗るまで30時間
乗ってから動き出すまで6時間
動き出してからバクーに着くまで45時間

着いてから船を降りるまで2時間

合計87時間の長い長い耐久戦だった…

 

そうしてやっとバクーの街に出ることができた。おばちゃんが3マナト(180円)の宿を知っているというのでタクシーに乗り着いていくと、夜12時にもかかわらずオーナーやバングラデシュ人やインド人の熱すぎる歓待を受けた。疲れ切っていたので寝たいのに騒がしいし話しかけてくるしで全然寝かせてくれない。あと部屋とトイレがめっちゃ臭い。結局2時を過ぎてもやかましく、翌日に宿を移る決心をした。次の都市に移動するわけでもないのに宿を移るのは初めてだが、ここまで臭くてクレイジーな宿も初めてだった。